大学に進学することになり、東京での一人暮らしが始まった。
国立大学の後期試験まで受けるはめになった私には春休みがあまりなく、家探しは父に任せた。
父が選んできた家は新宿から延びる私鉄の沿線にあった。
それで、私が初めて体感する「都会」は新宿ということになった。
新旧・清濁・飲み込んで新宿の街は混沌としている

新宿は駅の出口によって様相が異なる。
ざっくり言ってしまえば、東口は繁華街・西口はオフィス街・南口はその中間といった感じか。
とはいえ、西口近くにも赤提灯の居酒屋がひしめく「思い出横丁」という狭い路地があったりして、一言で表現しきれないのが新宿の魅力である。
新宿といえば、母から「歌舞伎町には行くんじゃないよ。悪い人がいっぱいいて危ないからね。」と口酸っぱく言われていた。
今にして思えば、歌舞伎町に限らず治安の悪い地域はたくさんあるのだが、右も左も分からない田舎娘にかける言葉としてはおおむね正しかったのかもしれない。
地下道にはあらゆる種類の人間が歩くような気がした

学生時代はもっぱら東口に出ることが多かった。
若者にも敷居の低いファッションビルが多くあったからである。
なかでもルミネエストと地下街のサブナードにはよく行った。
手頃な値段で流行の服を売る店が多く、仕送りでやりくりする身にはとても助かった。
「歌舞伎町には気をつけろ」という母の教えを忠実に守っていたので、上京して一年ほどは東口エリアの地上をあまり歩かず、地下道ばかり利用していた。
新宿の地下道は長い。
どこまでも続いて、このまま隣駅まで歩いて行けるのではないかと錯覚するほどである。
無機質な地下道では壁のポスターやたまに現れる商店以外に見るものもないので、行き交う人を観察するのが密かな楽しみであった。
学生、サラリーマン、夜の蝶と思われる女性…。
そうかと思えば、ひっそりとホームレスのダンボールが転がっていたりもした。
新宿の雑踏で気づいたことが今も私の軸になっている

始まったばかりの大学生活は楽しくもあり、不安でもあった。
友達作り、サークル選び、慣れない家事にアルバイト…。
自分は何者なのか、これからどういう人間になりたいのか、どこでどんな職業に就こうか。
これからどこまでも羽ばたけるという希望と、この先どうなるのかという不安が共存していた。
ぼんやり考えごとをしながら新宿の地下道を歩き、行き交う人を自分に重ねてみる。
東京にはこんなにいろんな人がいて、みんなそれぞれに生きている。
みんなちがって、みんないいんだ。
どこかで聞いたような言葉が急に腑に落ちた。
それからの大学生活を迷いながらも力強く駆け抜けた私の原点は、あの地下道にあるのかもしれない。
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